浅草寺とは
寺の縁起によると、628年3月18日の朝、檜前浜成・竹成の兄弟が宮戸川(いまの隅田川)で漁をしていたところ、網に一体の観音像がかかりました。土地の長だった土師中知がこれを聖観世音菩薩の像と知り、この地に祀ったのが始まりとされます。ご本尊は秘仏で誰も拝むことはできず、本堂で参拝者が向き合うのは、ご本尊の前に安置されたお前立ちの像です。
江戸時代には門前に店や芝居小屋、茶屋が集まり、表参道の仲見世は日本でも古い商店街のひとつに数えられます。現在の大きな建物の多くは1945年に焼失したのち、鉄筋コンクリートで昔の姿のまま再建されたもので、本堂は1958年、宝蔵門は1964年、五重塔は1973年の完成です。雷門は1865年の火事で失われ、1960年に松下幸之助氏の寄進でようやく再建されました。
雷門から五重塔まで、見どころを順に
雷門の正式名は風雷神門で、左右に風神と雷神が立っています。くぐって振り返ると、裏側には天龍と金龍の像があります。大提灯は高さ約3.9メートル、重さ約700キロ。ここから宝蔵門まで約250メートルの仲見世が続き、人形焼やせんべい、扇子、みやげ物の店が両側に並びます。
宝蔵門には仁王像が納められ、裏側には長さ4.5メートルの大わらじが掛かっています。山形県村山市の有志がおよそ10年ごとに作り、奉納しているものです。門を抜けると大きな常香炉があり、煙を体にかけて無病息災を願ってから本堂へ上がるのが浅草の習わしです。本堂の外陣では、川端龍子による天井の龍の絵を見上げてみてください。
本堂の左手には高さ約53メートルの五重塔が立ち、最上層にはスリランカから迎えた仏舎利が納められています(内部は非公開)。右手の浅草神社は、1649年に徳川家光が寄進した社殿(国の重要文化財)が残り、観音像にゆかりのある三人を祀り、三社祭を行う神社です。伝法院の庭園はふだん非公開ですが、年によって数日間の特別拝観があり、事前にチケットが販売されます。
- 仲見世では食べ歩きを控え、買ったものはお店の前やイートインで食べるのがマナーです。
- 浅草寺のおみくじは凶が出やすいことで知られています。出たら結び所に結んで帰りましょう。
浅草寺の一年
一年は12月31日から1月6日まで本堂で営まれる新年の法要「修正会」で始まり、正月三が日には本堂への列が宝蔵門の外まで延びることもあります。2月の節分会では本堂東側の舞台から豆がまかれますが、掛け声は「千秋万歳、福は内」で、「鬼は外」とは言いません。観音さまの前に鬼はいないという考えからです。ご本尊が現れたとされる3月18日と、菊供養会の10月18日には、境内で金龍の舞が披露されます。
5月第3週末は浅草神社の三社祭で、町内神輿およそ100基に続いて、本社神輿3基が街を練り歩きます。7月9日・10日は四万六千日のほおずき市で、この日の参拝は4万6,000日分の功徳があるといわれます。11月3日には東京時代まつりの行列が出て、境内では4月第2日曜と同じく白鷺の舞が奉演されます。また近年の秋には「ASAKUSA CULTURE & LIGHTS」として門やお堂に光の演出をするイベントも開かれています。一年の締めくくりは12月17日から19日の羽子板市と、大晦日の夜に弁天山でつかれる除夜の鐘です。
時間帯、混雑、参拝のマナー
浅草寺の参拝は無料です。本堂は早朝に開いて夕方に閉まりますが(季節ごとの時間は公式サイトで確認を)、境内はその後も歩くことができ、夜は門や五重塔がライトアップされます。混むのは週末の昼前から夕方にかけて。仲見世のシャッターが開く前の早朝が、いちばん浅草寺らしい時間です。
お寺なので、合掌して静かにお参りし、柏手は打ちません。二拝二拍手一拝は隣の浅草神社での作法です。本堂の中では祈っている人がいるので声を抑え、お参りが済んだら賽銭箱の前をあけましょう。正月や三社祭、市の日は早めか遅めに訪れ、露店用の現金を用意して、ごみは持ち帰ってください。
- 雷門で人の少ない写真を撮るなら、平日の朝8時ごろまでがおすすめです。
- 市や祭りの露店はほとんど現金のみです。小銭と千円札を用意しておきましょう。
アクセスと周辺
最寄りは浅草駅で、東京メトロ銀座線、都営浅草線、東武スカイツリーラインが通っています。雷門は銀座線の出口から歩いて数分です。つくばエクスプレスの浅草駅は少し西の六区寄り。混む日は、銀座線で一駅隣の田原町駅から歩くと落ち着いて向かえます。
雷門の向かいにある浅草文化観光センターは、最上階のテラスが無料で開放されていて、仲見世から本堂までをまっすぐ見下ろせます。本堂の西へ数分歩くと昔ながらの遊園地・花やしき、その先にかっぱ橋道具街があり、東京スカイツリーへは隅田川を渡って歩いて20分ほど。上野へも銀座線ですぐです。